• 「源氏物語」常夏の巻・冒頭の貴重な原文・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(貞子)の落款・大炊御門宗氏・自筆・1A
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仙台藩主の正室・伊達貞子の印

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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款

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「養在深窓人未知」白楽天・漢詩文の落款

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仙台藩医・木村寿禎の落款

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源氏の君と内大臣の子息たち

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釣殿の宴・メトリポリタン美術館

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六条院・釣殿の宴

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源氏の君と内大臣の子息たち-2

令和6年から「源氏物語」の作者・紫式部をモデルにしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が放送されております。

京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵

自筆「源氏物語」の「常夏(とこなつ)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。

原文は「源氏物語・常夏の巻」として美しく描かれている

自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。

 関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。(資料の記録は下記に掲示)

 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。また、各巻ごとの書かれた年については不明。従って、応永五年とは、書き始めの年である。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。


 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。

 旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。


 出品した「源氏物語」は常夏(とこなつ)の内容の要旨
「常夏の巻」は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。第26帖。光源氏36歳の5月の話玉鬘十帖の第26帖。巻名は光源氏と玉鬘が常夏の花(撫子)を詠んだ和歌「なでしこのとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人や尋ねむ」にちなむ。源氏の君36歳の夏の話。盛夏の六条院で、釣殿で涼んでいた源氏は夕霧を訪ねてきた内大臣家の子息たちに、最近新しく迎えられた落胤の姫君(近江の君)のことを尋ねる。夕霧と雲居の雁の仲を許さない不快も手伝って痛烈に皮肉った。内大臣と夕顔の君の姫君である玉鬘の姫君は、いつになったら実父・内大臣に会えるのか思い内大臣と源氏の君の間の板ばさみの玉鬘であった。一方、源氏の皮肉を聞いた内大臣も激怒。雲居の雁のところへ出向いたが、夏の暑い盛りに単を羽織ってうたた寝していた姿に「はしたない」と説教する。またあまりに姫君らしくない近江の君の処遇に思い悩む。そこで長女・弘徽殿女御の元に行儀見習いへ出すことを決めたが、女御へ贈られた文も和歌も支離滅裂な出来で、女房たちの失笑を買うのだった。


自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)

「常夏(とこなつ)」自筆原本の上部には、「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という意味である。この言葉は、「常夏」の巻の原文で「窓の内なるほどに従ひてゆかしく思うべかめるわざなれば」とある。一般にごく普通の男でさへ深窓の両家の娘には心をひかれるが身分の高い六条院の内にいる玉鬘の姫のことを世間では美しいと評判ですよと源氏の君が玉鬘の姫君に伝える場面である。玉鬘の姫君の美しさを中国の絶世の美女と称される楊貴妃をたとえた漢詩であることが「深窓」の文字からもくみとることができる。紫式部が「常夏」を書くに際し、白楽天の漢詩を読み理解し共鳴していることがよくわかる。詳細な理由は下記説明欄に記載(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載

《「源氏物語」常夏(とこなつ)の巻》
「常夏」の巻は英文で「Wild Carnations」と表記されます。
《自筆上部の「常夏(とこなつ)」自筆原本の上部には、「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という意味である。この漢詩文の落款は、玄宗皇帝が楊貴妃を愛するあまりの漢詩として有名。この漢詩は白楽天の「文集」の中の有名一節です。》

「額縁入自筆原本」
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

「自筆原本」
自筆右下四つの印のうち上2つは、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。

下2つは、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印自筆上部の「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という意味である。この漢詩文の落款は、玄宗皇帝が楊貴妃を愛するあまりの漢詩として有名。この漢詩は白楽天の「文集」の中の有名一節です。

《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》

自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)


自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。


《「源氏物語」常夏(とこなつ)の巻》
《「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という意味である。この漢詩文の落款は、玄宗皇帝が楊貴妃を愛するあまりの漢詩として有名。この漢詩は「白楽天の文集」に由来するものです。》

いとあつき日、ひんかし(東)のつり(釣)との(殿)に出給て
すゝ(涼)みたま(給)ふ。中将のきみ(君)もさふら(侍)ひ給ふ。
した(親)しき殿上人あまたさふら(侍)ひて、にし(西)川より
たてまつ(奉)れるあゆ(鮎)、ちか(近)き川のいしふしやうのもの(物)、
おまへ(前)にててう(調)してまい(参)らす。れい(例)の大との(殿)ゝ
きん(君)たち(達)、中将の御あた(辺)りたつ(尋)ねてまい(参)り給へり。
「さうさうしくねふたかりつる、おり(折)よく物したま(給)へるかな」
とて、おほ(大)みき(御酒)まいり、ひみつ(氷水)め(召)して、
すいはん(水飯)なととりとりにさうときつゝく(食)ふ。
はいとよくふ(吹)けとも、日のとかにくもり(曇)なきそら(空)の、
にし(西)日になるほと、せみ()のこ・・・《ゑ(声)》


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。


《「源氏物語」常夏(とこなつ)の巻》
《「源氏物語」常夏の巻・冒頭の貴重な原文・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(貞子)の落款入》

まったく暑くてならぬ日に、源氏の大臣(おとど)は
東の釣殿(つりどの)にお出ましになってお涼みになる。
中将の君(夕霧)もおそばにいらっしゃる。親しく出入りしている
殿上人(てんじょうびと)が大勢伺候(しこう)していて、
西川からさしあげた鮎(あゆ)や、近くの川の石伏(いしぶし)と
いったものを、大臣の(源氏の君)御前で調理をしてさしあげる。
いつものように、内大臣殿のご子息たちが中将のいらっしゃる所を訪ねて、
こちらに参上しておられる。大臣(源氏の君)は、
(源氏の君)「退屈していて眠たくなっていたところです。
ちょうどよいところへ来てくださった」とおっしゃって、
お酒を召しあがったり、氷水をお飲みになったりして、
水飯などをそれぞれにぎやかに食べている。
風はとてもよく吹き通しているけれど、日も長くて雲一つない
空がやがて西日になるころには、蝉(せみ)の声・・・・・《なども
じつに暑苦しく聞えるので、大臣(源氏の君)は、
(源氏の君)「水のそばもいっこう役に立たない今日の暑さですね。》

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。




(2)・自筆の「英訳文」は次の通りです。


《Wild Carnations (常夏)》
It was a very hot day.
Genji was cooling himself in the angling pavilion
of the southeast quarter.
Yugiri and numerous friends of the middle court ranks
were with him.
They had offered to roast trout which had been brought
from the Katsura and goby from nearer streams.
Several of Tono Chujo's sons, his constant companions,
were among them.
"You came at a very good time," said Genji.
"I was feeling bored and sleepy."
Wine and ice water and other refreshments were brought,
and it had become a very lively picnic.
Though a pleasant wind was blowing, the air was heavy
and the sun seemed to move more slowly than usual
through a cloudless sky.
The shrilling of cicadas was intense, almost oppressive.


英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward George Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)




(2)・自筆の「中国語訳」は次の通りです。


《常夏》
六月中有一日,天气炎,源氏在六条院的殿中凉。
夕霧中将侍。多信的殿上人在一旁侍候,
当制桂川呈的和茂川的。
内大臣家那几位公子前来霧。源氏:
“寂寞得很,想打睡,来得正好。”
便他喝酒,冰水,吃凉水泡,座上非常。
凉吹来,快;但天空赤日炎炎,
了无云。夕西之,蝉声聒耳,
不苦之感。源氏:


中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)


「常夏の巻」原本の末尾(原本番号24-A)の印は、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印
左の写真が「源氏物語」常夏の巻の末尾(原本番号24-A)の押印。
写真左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)
家紋印の上の2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。冬姫は内大臣・通誠の養女。
冬姫は通称。正式な名は伊達貞子。
左上の篆書体は、「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という篆書印の内容です。
篆書体右の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・玉映の落款
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。)


自筆の疎明資料等は、下記の通りです。


(Ⅰ)・上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭・(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社・刊)78頁。筆者は近衛関白政家公。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。年号の左の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。左の写真は、桐壺の巻の奥付。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。上下2段の花押のうち、上の印は。出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)


「自筆の画像断層(MRI)写真」

(出品した自筆の「断層画像写真」(常夏の巻)MRI 26―1A
自筆下二つの印のうち下は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款


「源氏物語」「常夏の巻」の資料

下記写真は、源氏の君とその子息・夕霧を訪ねた内大臣の子息たちが源氏の君と話しをかわす場面を描いております中央が源氏の君、その左が夕霧。そのほかが内大臣の子息たち。

上記絵巻は、源氏の君と話しをかわす内大臣の子息たち。




「天皇の曽祖父・大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」



1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。



大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。

漢詩文《「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という篆書印の内容です。紫式部が「常夏」を書くに際し、「白楽天・漢詩集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「常夏の巻」を書いていることがわかります。この原詩の言葉の引用は、「常夏の巻」に用いられていることで広く知られている。紫式部がこの原詩に親しんでいたことがわかる。

漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
《「養在深窓人未知」(養われて深窓に在あり 人いまだ識らず)という篆書印が押捺されている。言葉の意味は、「良家の娘だから深窓の令嬢として育ったのでしょう」という篆書印の内容です。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。


自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。額縁は新品です。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。

2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。

3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。

4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。幼名は多治丸。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

HP近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。


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源氏物語」胡蝶の巻・冒頭の貴重な原文・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村
源氏物語」胡蝶の巻・冒頭の貴重な原文・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村
源氏物語」胡蝶の巻・冒頭の貴重な原文・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村
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最新のクチコミ

★★★★★

15万kmのノアでラジエター交換になり,ついでに,オルタネ―タ―交換しました。保証もあり商品もいいと思います。 今のところ問題なしで 電圧も安定してます。

  • sakuragaoka19
  • 35歳
  • アトピー
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購入品

★★★★★

2007年式のムーブ、オルタネーターが壊れた訳ではないが走行距離が10万キロを越えたので、念のために交換。 2年保証付きなので、購入を決断しました。 これで、エンジンがダメになるまでは大丈夫! であればいいのですが…

  • m7907m
  • 23歳
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購入品

★★★★★

本体はキレイですし問題なく好調に動いています。 強いて上げれば福山通運さんのアプリ登録して引取してもらうのが面倒だったので直接福山さんに持って行きました(近いところで往復40キロでした(笑)少し高くなってもコンビニ引き渡し等が出来たら個人的には最高でしたがその分安くなってると思うのでしょうが無いですね

  • ひろりっち5050
  • 31歳
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★★★★★

対応が早くて大変助かりました。 ありがとうございました。

  • ミーコ8008
  • 39歳
  • アトピー
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購入品

★★★★★

最初はリビルド品なので、凄く心配してましたが、取り替えてみて、まだ少ししか走ってませんが、問題なく充電もしてますのでよかったと思ってます。純正品買うと5万円近くするのでよい買い物をしたと思ってます。

  • NEKONEKOアイス
  • 27歳
  • アトピー
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★★★★★

いつも利用させていただいていますが、迅速にご対応いただいており大変助かっております。商品も問題無く保証も付いてるので安心です。

  • 1000nin
  • 35歳
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購入品

★★★★★

リビルト品で2年、2万キロの保証がありましたので、購入致しました。早速取付けましたが、問題無く正常に機能致しております。値段もクオリティも良かったです。

  • トモチ1148
  • 43歳
  • アトピー
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購入品

★★★★★

"ZRR75Wヴォクシーを乗っております。走行14万キロで警告灯が付き、こちらの商品に載せ替えました。取り付け、その後の確認、全て問題なく動いていおります。ZRR75Wはオルタネーターに付いてある調整ネジを緩めてオルタネーターを運転席側に押してあげるとベルトが緩んで簡単に取り外す事が出来ます。10

  • BBGDAI
  • 31歳
  • アトピー
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★★★★★

ステップワゴン rg 1のオルタネーターが故障して初めて自分で交換しましたが、問題なく取り付け使用できました。

  • lubs_q
  • 39歳
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購入品

★★

こちらのオルタネーターを 購入しましたが 高額の値段で販売してるのに ろくに検品もせず塗料の付いた 汚れた物を販売してました 塗料は作業工程の際に付着してしまった とのことでした。 商品について問い合わせたところ メーカーに注意しました これからは気を付けます の一点張りで何も対処して くれませんでした 非常に残念です リビルド品と言えど ちゃんと検品して送るのが普通です もしオルタネーターの交換を迷ってる 方は他の店舗で購入した方が いいかもしれません

  • TUBASA10
  • 47歳
  • アトピー
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購入品

★★★★★

S201P ハイゼットトラックに問題無くつきました。

  • ma5665
  • 35歳
  • アトピー
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